「お金って、こんなにも重かったっけ?」
なんとなく、通帳の数字が増えていくことに慣れてしまっていた。
「まぁ、このくらいは稼げて当然だよね」って。どこか傲慢だったと思う。
でも最近、胸にズシッとくる重さを久しぶりに感じた。
実は数ヶ月前…去年の12月末くらいかな。X(旧:Twitter)で新しいアカウントを立ち上げて、発信をスタートさせていた。
私のメイン垢はフォロワーが5万人弱いて、自分で言うのもなんだけど、アカウントパワー(影響力)が強い。日常のポストをするだけで何万人もの人に届いてしまう。そのせいで、一人ひとりのフォロワーとの距離がどんどん遠くなっていくのを感じていた。
アカウント初期から仲の良かったフォロワーにでさえ、「最近は恐れ多くて声をかけられないよ(笑)」と言われたときは、どこか寂しさも覚えた。
私自身も、ブランドとか、立場とか、期待とか、いろんな鎧が邪魔になっていたように思う。
弱音も出しづらいし、本音の温度を出しきれない。
だから私はそれらをすべて捨てて、誰にも言わずに裏でコッソリとサブ垢を作ることにした。
メイン垢とは一切繋げない。実績も隠す。肩書きもゼロ。フォロワーもゼロ。
ただの「ド新人」として、もう一度この界隈に降り立った。
毎日が新鮮だ。ビジネスを始めたての初心者から、中級者、上級者、性別、年齢問わずたくさんのフォロワーとの交流を毎日楽しんでいる。
そんな生活を過ごすこと早2ヶ月。私は大きな気付きを得た。
副業やビジネスを始める人達は、それぞれストーリーを抱えている。
お金を稼いで親に恩返ししたい。異性にモテたい。借金を返したい。会社だけに依存するのは危険だから、自分で稼ぐ力を身に着けたい。
そういう切実で真剣な欲望が、タイムラインの端々から滲み出ていた。
幸せに満ちた投稿もたくさんあった。
「副業で稼いだお金で親を旅行に連れて行けた」「クリスマスに子どもの好きなオモチャを買えた」「毎月夫婦で旅行できるようになった」
そんな投稿を何度も目にするたびに、私も初心を思い出した。お金って、本来こういうふうに”誰かの幸せに変わるため”に存在しているんだよなぁって。
私はそれを忘れかけていた。
ある日、サブ垢でいつも通り発信していたら、1通のDMが届いた。
家族に内緒で500万もの借金を抱え、それを返済するために副業に挑戦している男性からだった。
彼は本業では毎日遅くまで残業。23時以降に帰宅し、そこからさらに副業に取り組む。眠気と不安を押し殺しながら、ときどき弱音を吐きつつも前を向いて頑張っている、私の大切なフォロワーの1人。
そんな彼がメッセージをくれた。
「セイさん(実際のアカウント名は別)のようになりたいので、セイさんが投稿でオススメしていた教材を買いたいです!是非アフィリエイトしてください」と。
アフィリエイトっていうのは、他人の商品を紹介して、それを誰かが買ってくれたら、そのうちの何%かが報酬として得られる仕組みのこと。(彼が私のアフィリンクからその教材を買ってくれたら、その教材費の半額が私の懐に入るということだ)
その教材は安くはない。借金がある人なら普通は躊躇するだろう。
私は売るつもりなんてなかった。マネタイズする気もない。だから、特典すら用意していなかった。
多くの人は紹介料(アフィリエイト報酬)を目当てに、「自分から買ってくれたらこんな特典をつけますよ!」と言い、教材を売りつけてお金を稼ごうとする。もちろん、本当に必要としている人に届けられているならなんの問題もない。
今回の教材に関しても、豪華な特典をつけてアフィリエイトしている発信者は山ほどいた。それに対して、私はなんの特典も用意していないし、私から買うメリットなんてないはずだ。
それでも彼は、迷わず私を選んでくれた。
「他の人の特典なんかいりません。セイさんの発信に勇気をもらってるからこそ、少しでもセイさんに恩返しがしたいんです」と。
…恩返し?私、何かしたっけ?最初はそう思った。
私はただ日常を呟いて、弱さを晒して、ありのままの自分を発信していた。それだけ。
そんな私に、彼は人生の大切なお金を投じてくれた。


そして、購入通知が届いた。教材費の半額が私に巡ってきたのだ。
画面に表示されている金額以上に、その数字が持つ意味が重かった。
「これは、彼が必死に働いて稼いだお金」
本業で削られながらも、寝る間を削って副業をして、それでも人生を変えたいと願って、汗と不安の中で積み上げてきたお金。
その一部を私が受け取った。
”対価”という言葉では片付かない。
”成果”なんて言葉では誤魔化せない。
これは、信頼そのものだった。
彼以外にも何人かのフォロワーさんが、彼と同じように私にお金を投じてくれた。
サブ垢を立ち上げてわずか2ヶ月弱。何か商品をローンチしたわけでもなければ、自分から売り込みなんて一切していない。すべて、フォロワーさんの方から声をかけていただいたことで発生したお金だ。
これは今月のサブ垢から発生した売上。

普段の私なら、売上画面を晒すなんて下品な真似、絶対にしない。私がいちばん嫌いな見せ方だから。
でも、今回は違う。
この数字は私の実力の証明なんかじゃない。誰かが勇気を振り絞って差し出してくれた信頼の大きさ、その証拠だ。
SNSは顔が見えない世界。だからこそ、みんな必死になる。実績を盛る、肩書きを飾る、捏造した売上スクショを並べる。こんなの日常茶飯事だ。
そうやってお金に魂を売ってまで稼いだ数字が何になる?
フォロワーをリストとして見る。人をCVRで測る。関係性をマネタイズの導線に変える。
否定はしないけど、それで人を幸せにできる?
私は思わない。
なぜならお金は信頼の対価であり、その信頼は奪うものじゃなくて、毎日時間をかけて地道に積み上げていくものだから。
この224,999円。これはただの数字じゃない。
このお金には一人ひとりの覚悟や願い、人生を変えたいという想いが込められている。
お金って、本当はこんなにも重たいものなんだ。
毎日サブ垢でいろんな人の人生に触れるたびに、私はあの時の自分…1100万の借金を抱えて、毎日ガムシャラに生きていた頃の自分を思い出した。
最近は”稼ぐこと”に慣れすぎていた。売上の画面を見ても何も思わなくなりかけていた。お金の重さが麻痺し始めていたんだと思う。
でもこの2ヶ月で、すべて剥がれ落ちた。
お金って、その人の人生そのものなんだって。
そのことを肌身で感じた私は、サブ垢での交流をより一層大事にするようになった。
地味だけど、毎日一人ひとりと丁寧に交流した。仕事で切羽つまってる時でも、隙間時間を使って一つ一つのリプに丁寧に返信した。
そしたら、少しずつ信頼が積み上がっていった。


ときには、勘のいいフォロワーさんからのDMにビクビクしたり…↓

私はメイン垢の存在を隠していたし、実績を見せずに背中だけで勝負したいと思っていた。もしバレたらこれまで積み上げてきたアカウントのコンセプトが一気に崩れてしまう。
だから、このメッセージを受け取った時は少し焦った。
でも同時に、なんだか救われた気もした。
「発信の厚み」「言葉の深さ」「人生観」
これって数字や実績じゃなくて、生き方を見てくれている証拠なんだよね。
サブ垢なのに、ブランドもないのに、ただの日常しか書いてないのに、自然と滲み出る経験の輪郭。それを見抜いてくれたメッセージの送り主の感性に、ちょっと救われた気がした。
そして、そんな日々を過ごしていたある日。
なんと私の名前がXのトレンドに上がっていた。

トレンドに上がるほど、たくさんの人が私の名前を呟いてくれたということ。
芸能人でもない、ただの一般人の私がXのトレンドになるって…どこの世界線かしら。
もちろん、狙ったわけじゃない。伸びるための戦略?アルゴリズム?そんなもん知らん。
ただ誠実に、ただ素直に、目の前の一人と向き合っていたら、いつの間にか大きな輪ができていた。
影響力って、取りに行くんじゃなくて、積み重ねの結果として生まれるんだなぁって、そう思った。
フォロワーが5万人いるメイン垢は、本当にたまたま、運よくあそこまで伸びたけど、このサブ垢は違う。
SNSは数字じゃない。人なんだよね。忘れがちだけど、画面の向こうには人がいる。
お金に魂を売った哀れな自称ビジネスマン達。私腹を肥やすためなら人を騙すことを厭わない腐った銭ゲバ達。ビジネス界隈の格を下げてばかりいる情報商材屋達。
彼らには一生わからないと思う。
いま手にしているお金。そのお金を差し出した一人ひとりにストーリーがある。
人生を変えたい。
守りたい人がいる。
大切な人の笑顔を増やしたい。
その一人ひとりの人生に真剣に触れてみたらいいよ。
お金って、誰かの幸せのために巡るんだって。
だから私は信頼で稼ぎたいし、誠実さで勝負したいし、人の人生の一部を担う覚悟で真剣にビジネスに取り組み続ける。
今回の出来事はその想いを強くしてくれた。
自分ひとりの視点だけで生きてたら、たぶん一生気づけなかったことばかりだ。
だからこれからもパースペクティブを広げていきたい。でっかい目標とかじゃなくて、もっとシンプルに、いろんな人の景色を受け取ってみたい。
まだまだ世に貢献できるほどの大きな力はないけど、少しずつでも影響力の輪を広げていく。
まだまだ伸びしろだらけの人生でワクワクしちゃうね。

