一時期、世間を賑わせていた人。仕事も順調そうで、たくさんの人に知られていて、外から見れば「幸せを掴んだ人」に見えていた人。
もちろん、その人が何を抱えていたのかなんて外からは分からないし、自ら命を絶つ理由を簡単にひとつにまとめることもできない。
ただ、そういうニュースを見るたびに、少し考える。今が幸せなことと、この先も幸せに生きられることは同じではないんだなと。
人生は思っているより長い。今が楽しいことも大事だし、目の前の幸せをちゃんと味わうことも大事だと思う。でも、今だけが楽しい状態と、10年後もそれなりに楽しく暮らせる状態は、少し違う。
だから私は先のことをよく考える。
明日のことだけじゃなく、そのもう少し先。うまくいった場合だけじゃなく、うまくいかなかった場合。
今やっていることをこのまま続けたらどうなるんだろうとか、何かが予定通りにいかなかったらどうするんだろうとか。まだ起きてもいないことを、わりといつも考えている。
周りからはたまに「未来予知みたいだね」と言われることがある。
もちろん、そんな能力はない。未来が分かるなら、たぶん今頃宝くじでも当てているし、毎日こんなにあくせく働いていないと思う。恋人との時間を削ってまで仕事をする必要もない。
ただ、人より少しだけ「このあと何が起こる可能性があるか」を考えている時間が長いんだと思う。
たとえば、明日恋人とデートに行くとする。
普通に考えれば、
どこに行こう。
何を着よう。
何を食べよう。
そのくらいは考える。
でも私は、その先もかなり考える。
明日は雨が降らないか。雨が降るなら、その服で大丈夫か。濡れたときに透けないか。化粧が崩れたら直せるか。相手はイタリアンが好きだったか。苦手なものやアレルギーはないか。行こうと思っている店が混んでいたら、近くに別の候補はあるか。予約は必要か。歩く距離はどれくらいか。車で行くなら駐車場はあるか。何時くらいまで一緒にいるのか。終電は何時なのか。もしそのまま帰らない流れになったら、下着はそれで大丈夫か。
実際はもっと色々考えているんだけど、こうやって書くとちょっと考えすぎに見える。実際、考えすぎなんだと思う。
でも、この考えすぎに助けられてきたこともかなり多い。
デートの途中で「実はイタリアン苦手なんだよね」と言われても、「あ、じゃあこの近くに美味しい中華あるよ」とすぐ切り替えられる。
突然雨が降ってきても、避難場所にすぐ行けるし、化粧だってその場ですぐ直せる。
相手からすると「なんでそんなことまでわかったの?」となる。それがたぶん、未来予知っぽく見えているだけなんだと思う。
未来が見えているわけじゃない。起こりそうな未来を、少し多めに想像しているだけ。
仕事でもやっていることはあまり変わらない。
コンサルの仕事をしていると「CVRが悪いので上げたい。セールスを改善したい」みたいな相談を受けることがある。
でも、私はその言葉をそのまま受け取らない。
本当にセールスが原因なのか。そもそも集めている人が違うんじゃないか。フロントの発信はどうなっているのか。広告を出している場所は合っているのか。商品そのものと、来ている人の期待がズレていないか。
本人が「ここが問題です」と言っている場所と、本当に問題がある場所は、意外と違ったりする。症状だけ見て痛み止めを出しても、骨が折れていたら意味がない。表に出ている問題だけを直しても、その奥にある原因が残っていたらまた別の形で同じことが起きる。
だから、口にされた問題よりその周りをよく見る。
これは仕事だからやっているというより、たぶん普段からそういう考え方をしているんだと思う。
ただ最近は、課題が見えてから考えるだけでは少し遅いのかもしれない、とも思うようになった。
「明日はデートだから準備しよう」
「CVRが悪いから原因を探そう」
ここまで分かっていれば、考えるのはそこまで難しくない。
難しいのは、まだ問題が問題として見えていないときだ。
今は何も困っていない。今は楽しい。今は順調。そういうときに「このまま進んだら、数年後はどうなるんだろう」と考えられるかどうか。
私はたぶん、こっちのほうをよく考えている。
20代で無理をすれば稼げるかもしれない。でも、その働き方を40代でもできるのか。
今は気の合う人だけと付き合っていれば楽かもしれない。でも、その関係がなくなったとき、自分には何が残るのか。
今ほしいものに全部お金を使えば楽しい。でも、未来の自分が困らないか。
考え始めると正直きりがない。それでも私は、考えないよりは考えていたい。
日常の小さなことでも同じで、ゴミを朝食の前に出すか、後に出すか。本を読むならお風呂の前か、後か。このペースで歩いたら信号に間に合うか。今ここで少し急げば、次の赤信号を避けられるか。そんなことまで考えている。
信号なんて、一回止まってもせいぜい数分だ。普通に考えれば大したことじゃない。
でも、一日の中にはそういう「大したことのない数分」が何度もある。それが積み重なると意外と大きい。バタフライエフェクトっていうやつだね。
早く着けた数分でコーヒーを飲めるかもしれないし、本を数ページ読めるかもしれないし、ゆっくり休めるかもしれない。
数分得したから人生が劇的に変わるわけじゃない。でも、そういう小さい選択の積み重ねが生活の快適さをつくっている気はする。
「人生を幸せにする方法」みたいな大げさなものは私にも分からない。ただ、長く楽しく生きたいとは思っている。
そのために私がやっていることは、かなり地味で、ただ考えることだったりする。
今見えているものだけじゃなく、その一歩先を見る。うまくいった場合だけじゃなく、うまくいかなかった場合も考える。まだ問題が起きていないときに、問題になるかもしれないものを探す。
それでも当然、予想外のことは起きる。
そういうときは「あ、ここまで考えられてなかったな」と反省して次に活かす。
たぶんこれからも未来予知はできない。宝くじも当てられないし、明日起きることすら全部は分からない。
それでも、少し先まで考えておくだけで未来はほんの少しだけコントロールしやすくなる。私が今の人生に幸せを感じられているのは、多分そのおかげなんだと思う。
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